EUの90日保留が示す優柔不断さ
フォンデアライエン欧州委員長がトランプ米大統領の90日間関税停止表明を受けて、対米報復措置の発動を同期間保留すると発表したことには、正直言ってEUの優柔不断さが透けて見える。
9日にEU加盟国の賛成多数で最大25%の報復関税を承認したばかりなのに、トランプの一言で即座に方針を変更するのは、あまりにも反応が早すぎるのではないか。
声明で「交渉の機会を提供したい」と述べているが、これは強硬姿勢を取る準備が整っていたはずなのに、結局アメリカのペースに引きずられている印象を与える。
鉄鋼・アルミニウムへの追加関税に対する報復を決めた矢先に保留にするというのは、EUが一貫した戦略を持たず、その場の勢いで動いているようにしか思えない。
こうした対応からは、EUがトランプ政権の予測不能な動きに翻弄され、主体的な立場を取れていない現実が浮かび上がる。交渉を優先するのは理解できるが、即座に保留を決める姿勢は、むしろ弱腰と受け取られかねない。
「加盟国の強い支持」の実態への疑問
フォンデアライエン氏が「報復措置に加盟国の強い支持があった」と強調している点についても、その実態に疑問符がつく。
EUは27カ国からなる多様な利害が交錯する組織であり、全会一致ではなく「賛成多数」で承認されたという事実は、実は反対意見や慎重論が存在したことを示唆している。
ハンガリーのようにトランプ寄りの立場を取る国もある中で、本当に「強い支持」があったのか、それとも表面的な結束を装っただけなのか、具体的な内情が明かされていないのが気になる。
報復関税の発動を保留するという判断が、こうした内部の不一致を隠してしまう方便として使われた可能性もある。
EUが一枚岩でないことはこれまでも度々露呈してきたが、今回の対応からは、危機的状況下での団結力がどれだけ本物なのかが試されているように感じる。
強い支持をアピールする一方で即座に保留を決めたのは、むしろ内部調整の難しさを誤魔化しているだけではないかという疑念が拭えない。
交渉優先の姿勢に潜むリスク
「交渉の機会を提供したい」というフォンデアライエン氏の説明は、一見すると理性的なアプローチに見えるが、そこに潜むリスクは無視できない。
トランプ政権が90日間の関税停止を表明したのは、EUや他国との交渉を本気で進める意思があるからではなく、単に時間稼ぎや国内向けのパフォーマンスである可能性が高い。
過去のトランプ政権の行動を見れば、突然の方針転換や強硬な態度が常態化しており、交渉がEUにとって有利に進む保証はどこにもない。
それなのに、EUが報復措置を保留して交渉に臨む姿勢を示すのは、むしろトランプに主導権を握らせる結果になりかねない。
声明で「満足のいくものにならなければ報復措置を発動する」と警告しているが、具体的な条件や期限が曖昧なままでは、単なる口先だけの脅しに終わる危険性がある。
交渉を優先する姿勢は平和的解決を目指すEUの理念に沿うのかもしれないが、相手が交渉を真剣に受け止める気がない場合、EUのこの選択は無力感を露呈するだけに終わるのではないか。
「すべての選択肢がテーブルの上」の空虚さ
フォンデアライエン氏が「すべての選択肢はテーブルの上にある」と述べ、追加措置の準備を継続すると明かした点は、一見すると強気な姿勢を示しているように見える。
しかし、この発言の実質的な中身がどれだけあるのか、非常に疑わしい。報復措置の発動を90日間保留するという決定自体が、既にEUの手札を制限している状況で、「すべての選択肢」を強調するのはむしろ空虚な威勢に聞こえてしまう。
具体的にどのような追加措置を準備しているのか、その詳細が一切示されていないのも問題だ。例えば、鉄鋼・アルミニウム以外の分野での報復や、デジタルサービス税のような新たな手段を検討しているのかどうか、国民や企業に対する明確な説明がないままでは、単なるブラフと受け取られても仕方がない。
トランプ政権がさらなる関税を仕掛けてきた場合、EUが迅速かつ効果的に対抗できる準備が本当に整っているのか、この曖昧な表現からは確信が持てない。選択肢を広く示すことで柔軟性をアピールしたいのかもしれないが、実行力に欠ける印象しか残らない。
EUの対応から見える戦略の欠如
全体を通して、EUの今回の対応からは、長期的な戦略の欠如が強く感じられる。
トランプの関税政策に対して報復措置を承認した直後に保留を決めるという一連の動きは、場当たり的な判断の連続にしか見えない。
90日間の猶予期間が交渉に有効に使われる可能性はあるが、過去のトランプ政権とのやり取りを振り返れば、EUが望む「公平でバランスの取れた結果」が得られる可能性は低い。
フォンデアライエン氏が交渉を重視する姿勢を示しつつも、報復の準備を進めるとしているのは、一応のバランスを取ろうとしているのだろうが、結局どちらつかずの中途半端な立場に陥っているように思える。
EUが経済大国としての影響力を発揮するためには、もっと明確な目標と実行可能なプランが必要だ。
今回の保留決定は、トランプの気まぐれな政策に振り回されるEUの弱さ、そして内部の足並みの乱れを隠してしまう結果になりかねない。国民や企業がこの状況で何を期待すべきか、政府としての責任あるメッセージが欠けている点も、失望感を増幅させている。
